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インタビュー 内容は英語に翻訳し英語ページにも載せております。

アーティスト BO-JWさん

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「日本と世界の希望」という意味をBO-JWさんの名前で表現するアーティスト。

子供のころから立体アートに魅了され、現在は日本の風習や伝統をアートで再現する活動をしています。

 

・ご職業と経歴を教えてください。

アーティストとして主に立体作品、インスタレーションで空間を変えるということをしています。元々あまり平面的なアートには興味がなく、絵や彫刻以外のものを作りたいという思いがありました。実はインスタレーションという曖昧な言葉にもまだしっくりきていないので、模索している部分があります。

インスタレーションは空間と作品が協働して1つのアートとなるので、現場の空間をまず見て何を作るかを考えます。

 

茨城県桜川市出身、石材が有名な場所でそこを舞台にして彫刻展(雨引の里と彫刻http://members.jcom.home.ne.jp/amabiki/)が開催される場所です。石の彫刻家が昔から集まる場所としても有名です。

小学校の時、第2回雨引の里と彫刻 が開催されました。その1つとして、ただっ広い田んぼの中にたたずむ立体のテレビ映像や彫刻を発見し、今までの田舎生活が激変し、その空間がおもしろいと感じました。こういったことを自分もやってみたい、と思い地元の人たちと作品を作る団体「グループRA」を訪れました。そこでアートの師匠といえる方と出会いました。

他にも自然と溶け込んでいるような彫刻が意外な場所に設置されていました。

それ以来、師匠の展示の場を手伝ったり、作家の会議に参加したりしながら、大人達の美術を近くに感じる場所にいることができました。親には美術館に連れて行ってもらい、小さなころからアートに恵まれた環境で育ちました。

 

その後、取手松陽高校 美術科に通学片道2時間半をかけて通いました。当時は芸大に進学すれば何とかなる、と信じていました。

けれども、高校では平面・デザイン・デッサンばかりを教えられ、自分が求めていた立体的なアートとは違うものでした。

結局、大学には進学せず、自分で作品を作り続けるということをしていました。

野外展で知り合った建築事務所に入所し、社会人経験を積ませてもらいました。

アーティストとして生き続けることは大変だけれども、好きなことは貫きたいです。この意志の強さは、10代でアート以外のことから学びました。

 

・作品を通して伝えたいこと、ターゲットを教えてください。

50代の親世代に喜んでもらえる作品を目指しています。まずはそのために、母親に喜んでもらいたいですね。母親がわからないものは、やはり皆もわからないと思います。

皆が一発で分かり、楽しくなるような作品を作りたいです。

テーマとしては、「目をそむけてはいけない問題」をどう伝えるかということを考えています。文章でなくアートで伝えることで、受けとらえ方はどう変わるのかを考えています。

自分の作品は、陰と陽でガラッと雰囲気が変わります。

具体的には、社会的問題、日本文化をテーマにしています。日本文化ですと余興、祝いなどがあります。例えば日本人の少しまわりくどいこっけいなサービス精神は、一歩引いてしまうのですがそれを批判的ではなく、皮肉も含めて表現しています。

そのアイディアを得るために、普段から特に黙っている人を観察し、そこからインスピレーションを受け取っています。

 

もう1つのターゲットは同世代です。

多忙な生活で見逃していることがあるので、時には生活で立ち止まり気付いてほしいという考えがあります。同世代はやりたいことをやれずに悩んでいる人が多いので、自分の作品を通してやりたいことはやった方がいいということを伝えられれば、と思います。

 

自分の作品はイメージとして、「ドラえもんのひみつの道具」の存在になれればと思います。便利性だけを追求するのではなく、無駄なことも、遊び心も取り入れて周囲の人を幸せな気持ちにする。あったらいいな、のアートがつくりたいです。

 

・作品には子供心あふれるエネルギーを感じますが、それはどこから来ていますか?

子供の頃に感じたことを、そのまま表現しているのかもしれませんね。印象深いことは小さいときに見たことが多く、それを表現したいという気持ちを長く持ち続けていたことが作品にでているのかもしれません。

 

・日本の美術をどうとらえていますか?そこにある課題は何でしょうか?

現代の美術は、ヘタウマというジャンルの出現により、日本工芸のような熟練の技を必要としない作品も少なくありません。アートの価値を自分自身でどう見極めていくかは重要になっていくと思います。あとは、若者アーティストは集団になる傾向があり、SNSで発信をするなど、コミュニケーションの取り方も積極的です。作品もインターネット上のみで発表する、など見せ方も変わりつつあります。しかし色やディテールは実物を見てほしいと言う作家も多いのは事実です。作家は増え続けるけれど、展示できる場所がない現状をどう解決していくか、若手作家たちは試行錯誤をしています。 

 

日本人は美術好きでないと、わざわざ足を運ばないです。もっとみんなの芸術、国を挙げて賞を喜ぶ風習(イギリスのターナー賞)のようなものがあればと思いますね。一般の方は、見た目でわかりにくいアートが増えている分、理解できないことは変だから近づきたくないのだと思います。けれども美術館で作品展があると行列ができるので、どこかで美術に興味はあるのだと思います。もう少し見る人にとって分かりやすいアートを作り出す必要があるかもしれません。

 

3年先、何をしていたいですか?

野外展で巨大インスタレーションをできればと思います。日本らしい作品をもっと多くの人に見てもらいたいです。パチンコ屋によく置かれている花輪からインスピレーションを受けて作った作品は、ミニチュアにしてメッセージを記載しプレゼントできるように商品化しました。そこには花輪を日常に取り込んでほしい、という思いがあります。

 

・海外の人があなたの作品を見たとき、どんなことを感じてほしいですか?

日本の風習がある、ということを知ってほしいです。

祝いのものに関して日本人は執着があるので、それを面白がってもらいたいです。

 

 

そこにある日本人の気持ち、願掛け、念など見えないことを作品から感じてもらえればいいですね。
 

http://bojwpro.wix.com/bojw

 

 

 


2016年07月12日 07:21 |コメント|

一宮庵 

料理教室講師 平田有子さん

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成城学園にひっそりとたたずむ、趣ある日本庭園が出迎えてくれる一宮庵
ここではただ懐石料理をいただけるだけではなく、日本伝統文化を伝えていく試みが行われています。今回は日本料理教室の講師である、平田さんにお話しを伺いました。

・    ゆうこさんのご経歴を教えてください。
結婚するまでは警察官をしていました。当時料理をしていて、なんとなくしっくりこなくて、教えてくれる場所と人を探していました。
ある日、テレビの「特ダネ」で師匠である齋藤宗厚さんを見たことがきっかけとなり、15年前にここの門を叩きました。シンプルなお米のとぎ方だけだったのですが、それだけでもこんなにお米が美味しいのですよ、ということを聞いて探し求めていたものはこれだ、と思いました。
 
師匠は料理に対して本質や、食の基本を大切にしている人でした。毎日、いろんな方を相手に料理教室をやっていらして、私もここに通い続けました。月日が経過し、今度は何かこの場所のために役にたてないか、という思いが沸き立ち、昼膳などを手伝い始めました。ここは食事処だけではなく、日本人として知らなくてはいけない文化の伝承もしています。例えばお茶、手を合わせることなど、日本人が忘れてはならない風習を身近に体現でき、とても勉強になります。
料理教室では茶懐石を教わりました。その後、弟子の1人として裏方をやらせてもらっていましたね。今では家族ぐるみのお付き合いになってしまったので、私の生活の一部としてしっかりと組み込まれています。
料理には何か一生のもの、ということを感じていてこれまでやってきています。師匠は亡くなってしまいましたが、今でもここに来ると毎回なにか勉強させてもらい、もらって帰ってますね。
 
・    ここで学んで、働いていた際につらかった経験は何でしたか?
師匠に教わっていたときは厳しかったですね。求められているものが理解できず、あまりにもすごい師匠だったので、言っていることを理解できずとても苦労しました。
その分やりがいがあり、その苦労があってこそ今があるのだと思います。
 
・    ゆうこさんにとって料理とは何ですか?
食べている人に幸せになってもらいたい、それだけですね。
料理が上手い、下手でなく、食べた後も気持ちよいなと思ってくれるような余韻がある料理を提供できればと思います。そして大好きな人たちに喜んでもらう手段ですね。
食べている物がその人自身を作り上げる命そのものです。
・    食の大切さに気付いたのはいつからですか?
小さいころから剣道をやっていました。けがも多かったし、涙を流すことも多くありました。高校時代、キャプテンという立場、後輩を見守る立場でもありました。寮生活だったので、親元から離れると食生活が乱れる中、けがやだらしない生活は食生活に関わりがあるということを学びました。それから食には気を付けるようになりましたね。
 
・    食べてもらう人にどんなことを料理を通して感じてほしいですか?
幸せな気持ち、食べてよかったな、ということです。食べることは基本でありほんの一瞬で、姿かたちが残らない分、すぐに忘れてしまうけど。それでも思い出のワンシーンに残るような料理を提供できれば、と思っています。その食に携わるのが、自分であればな、と思います。
 
・    ゆうこさんのお好きな食べ物は何ですか?
母の作ってくれる茄子の煮物です。
それから亡くなった師匠の作ってくれた煮物、衝撃的な出汁、魚の炊いたものなど本当に何でもない普通のご飯が深く記憶に残っています。
 
・    お子さんがいらしているとのこと、なにか普段の食事で気を使われていることありますか?
こちらが用意する食事はその時にあるもので用意し、もちろんいつも手作りにしていますが、それよりも気を付けていることは食べ方です。食に対する姿勢を常に厳しくしています。命をいただくことに対して感謝の気持ちを持つということを忘れてはいけません。例えば片手で食べるなど、食にちゃんと向き合わない姿勢など命に対して粗末な姿勢を見せると厳しいです。
現代のお母さんたちは、おそらく自信(食に関しての考え方)がないのでしょうね。厳格さを持続させるコツは、お母さんたちが食に対しての考え方をしっかり持つことです。
おいしい・まずい、ということではなく「出されたものは、量を考えてあなたの健康に気を使って作ったので、残さず食べなさい。」ということを子供には教えています。そういうコンセプトをお母さんたちに伝えたいという気持ちもあります。
 
・    料理を教える上で、特に気を付けていることを教えてください。
技うんぬん、ではなくて上記のような食の大切な部分を伝えよう、と思っています。それで家に帰ってよし、やろうと思ってもらえればいいです。例えば今日の教室でも鯵をさばきましたが、その時に両手で鯵をそっとトレーにおきましたよね。あれも魚をただの材料として見るのではなく、命のありがたさを感じてもったいない、という気持ちにつながればと思います。
メニューはその手段でしかないです。
 
・    これからどんなことにチャレンジしていきたいですか?
たくさんの人たちに対して料理の大切さを伝えていきたいです。
特に出汁の大切さを伝えていきたいです。
あとは凝り性なのでこだわった料理、オリジナルの料理を食べてもらいたいと思います。
基本を繰り返すと料理の幅が広がってきますよ。
きちんと基本を知っていると、知識を広げることにつながります。
そのために人の料理を食べに行くき、ジャンルを変えて幅広く学ぶようにしています。
最近行ったお店では、銀座の和食屋さんや、気心の知女将さんがいる小料理さんなど、作り手の顔が見えるお店が好きです。
日本酒も好きです。
 
メッセージ
もっとたくさんの人に知ってもらいたい、食べてもらいたい、料理も食べに来てもらいたいです。
特別な料理ではありませんが、まめごまわかめ、という昔ながらの和食が美味しいです。
子供から高齢まで幅広く受け入れられ、長く飽きの来ない料理を伝えていきたいです。
 
 http://ikkuan.com/
2016年07月06日 06:00 |コメント|

きく鮨 

店長 菊田 努 さん

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北千住に新しくオープンしたきく鮨。木目のナチュラルな色合いが美しい外観と、内装もそれに合わせて和の趣を大切に、シンプルに仕上がっています。今回は店長の菊田さんにお話しを伺いました。

 

・このお店がオープンするまでのご経歴と、オープンに至ったきっかけを教えてください。

福島県出身で、不動産賃貸の営業をやっていました。「お店を経営してみたいな」と思い始めた時期がありました。寿司には昔から直観で何かあり、食べることも好きでした。

 

それで東京に出てきて、寿司職人の養成所に5年間通いました。昔は個人店に小僧から入って見習いからスタートするのが当たり前でしたが、養成学校だと技術を短期間で教わることが可能です。個人店だとなかなか握らせてもらえない、仕込みさえさせてもらえないことが多いのですが、それをすぐにやらせてもらえるということがよかったですね。

もちろん見習いで入って長い期間修行していくことも、それは意味があることだと思いますが、一方期間が長い分辞めることになる人も多いのが現状です。それで後継者が育たず、多くの個人店が店を閉めることになり、チェーン店が多く出てきているのが実情です。

 

その養成所で教えてくださった親方と出会いました。親方が寿司職人養成所を退職し、その後も親方に引き続き教えていただくことができました。その親方は多くの教え子に関わってきたこと、長い期間味に対する検証をしてきて、こういう火の使い方をするとこのような仕上がりになる、卵でも焦げ目をつけて焼くとこうなる、などいろんな検証をしてきた人です。味の追求というのは、なかなかそのような教える立場でないとできないことです。

そういった知識を色々教えていただくことができましたね。ある意味、彼の57歳の経験を教えていただいたことになります。

 

その味をベースにしてまた検証、味の追求を今度は自分達で続けていくことをしてきたいと思っています。高級店ではないので、客に食べやすい価格帯を設定し、何度も足を運んでもらえるお店にしていきたいです。

食材は仕入れ値の高いものを買えばそれに伴っていいものが手に入ります。けれどもお手頃な価格帯でそれを出そうとすると難しいです。そんな中、原価率を高くしてでも美味しいものを出していきたいな、という思いがあります。

 

シャリに合わせた煮切り醤油を作り、米は北海道のななつ星を使っています。

魚は養殖ではなく、天然のものにこだわって仕入れ、マグロにしても天然の生の本マグロを選んでいます。

親方が取引あったところをベースに築地から仕入れています。

 

・外装、内装共に木を全面に使われ、和の趣を大切にしていらしているようにとらえられますが、どなたが考えたのでしょうか?

親方と自分で一緒に考えました。親方は癌で体調もきつい中いろいろ協力してもらい、一緒に作りあげていただきました。本当は一緒に親方も握るはずだったが、握れない状況になってしまったんです。

 

・どんなことにこだわりがあるお寿司ですか?

特に煮たもの、焼き物など火を使ったもの、例えば煮ハマグリ、アナゴ、卵がお客様に美味しいといってもらっている。

仕込みの段階で他のお店ではやっていないことをしているので、それが美味しいにつながっていると思います。その工程も親方から教わりました。

他店と比べたら、しょっぱめに寿司酢を作っています。

お店出すにあたって、シャリをきめ、酢の分量を決めたとき、できたシャリに醤油が合わなかったのです。

それでシャリに合わせた煮切り醤油を自分で作りました。全体的なバランスを大切にしていますね。

 

・お寿司は今や日本を代表する和食です。近代のお寿司の傾向について、どうとらえていますか?

ニーズに適合した業態のいろんな寿司屋ができてきています。それはそれでいいのではないか、と思います。

世代も変わっていくし、創業して歴史があるところもまだ残っていて、それは伝統を守っていけばいいですし。それぞれに合ったスタイル、考え方を追求していくのがいいのではないでしょうか。

 

・海外の方ですと、まだまだ変わった種類の生魚はちょっと苦手という方もおられます。そんな方に、お寿司の美味しい食べ方を教えてください。

日本の寿司をそのまま楽しんでもらうのは難しい場合もあります。

まずはマグロやサーモンなど慣れ親しんでいて、それぞれの国の食文化にあった素材、食べ方を取り入れて出してあげるのが一番良いと思います。

 

3年後にはどんなお店になっていたいですか?

地元の人に親しみを持っていただき、来ていただきたい、という思いでここに出店しています。千住の特にこの近辺の人に来てほしいですね。

もしこういう大衆店が受け入れられるのであれば、他の地域にも出店できることにつながります。

街の大衆店というイメージで、手頃な値段でお寿司を楽しんでもらえるお店を他でもやっていきたいという気持ちがあります。そのためにもこのお店をまず受け入れてもらえるようにしたいです。

 

直観でこの場所は選びました。たまたま来たときに千住の街や雰囲気から、下町と新しい人たちが融合する空間がいいな、と感じました。商店街の活気のある場所から、少し落ち着いた場所で、すし屋にはいい場所なのではという印象です。

 

・これからどんな協力があったらいいでしょうか?

来てもらったお客様に美味しいものを提供させていただき、よい接客をさせてもらい、また来たいなと思ってもらえるお店にしたいと思っています。それが口コミで広まり、また他のお客様が来てくだされば、それ以上の協力はないでしょう。

 

接客においてはスタッフとお客様との会話、細かい気配り・気遣いをしています。人と人との関係なので、おいしいものを食べるのみではなく、お客様と会話することによりいろんなことを知ってもらったり、逆に教えてもらったりしています。それが信頼構築につながっていくのでは、と思っています。お店は全員、若手でやっていますので、親しみやすい雰囲気にしていますよ。

 

・これまで食べてきて印象深かったお寿司は?

親方の寿司が一番です。

四谷にお店があります。

 

和の趣な外装なので構えは入りにくいかもしれませんが、手頃な価格で食べてもらえるので、どうぞお気軽にお越しください。皆さまのご来店をお待ちしています。


http://tabelog.com/tokyo/A1324/A132402/13195690/

2016年06月28日 06:42 |コメント|

BLAITE
オーナー 齋藤 博志さん

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西新井にあるカフェ BLAITEは、5色をメインとしたお菓子がとてもきれいに整列されている、スタイリッシュなお店です。そこにはオーナー齋藤さんのこだわりと、フランスの修行から身についた技術が確実に表れています。

 
 ・    このお店がオープンするまでの流れ(経歴、ご経験)を教えてください。
まだパティシエという名前すら存在しなかった当時、池袋の調理師学校卒業後、銀座のピエスモンテで2年半、その後自由が丘モンサンクレール、そして大阪から友人を通してシェフパティシエとしてとして呼ばれ働きました。
 
大阪のブルディガラで働いていた際に、オーナーが伝統的なフランス菓子のイメージを大切にしていて、支配人からもお店にそぐうお菓子をつくるようにとの要求がありました。
しかし、「ベラベッカを作ってくれ」と言われても全く何のことか理解できず、「これではダメだ、本場のフランスを勉強しなければ」という悔しい思いが沸き立ち、26歳にてフランスへ修行に旅立ちました。プライドが高かった分、知らないことがあると悔しくて、「仕事で勝ちに行きたい」という乗りで行ったのもありますね。
言葉もほとんど勉強せずに、つてもほとんどなく行ったので、実際は大変でした。
 
そんな中、現地在住の日本人を通して仕事を紹介してもらい、フランスで修行が始まりました。フランスは移民が多く、最初のお店ではカンボジア系のボスだったので、ほとんど言語が通じませんでした。周囲に日本人が2人いたので、その方達を通して意思疎通していましたね。先にいた日本人の方達が既に開拓してくれていたので、日本人同士のつながりが強く、接点が普段ではないような人との関わりが持てました。最初のお店はパン屋さんで、主に惣菜やクロワッサンなど作っていました。
 
日本で働いていると、他のお菓子屋さんと仲良くなるということはほぼありませんが、現地に行くとライバル視しているお店の出身の方達も垣根を下げて付き合っていました。苦楽を共にするからこそ仲間を大切にする、代々そういう文化ができているんだと思います。今でも当時のつながりは大切にしていますね。
 
次のお店は14区にあるパティスリーのお店で、日本人が1人だったこともあり、初めはいじめられました。クリスマスを終えたころから結束が強くなり、ボスに認めてもらえるようになりました。日本人のまじめで手先が器用なところが気に入られたんだと思います。周囲のフランス人から羨まれるようなくらい気に入られましたね。
 
3店舗目はチョコレート屋さんで勉強し、結局4年間で合計6店舗くらい巡りました。
その間には飴細工のコンクールでも優勝しましたが、父の病気をきっかけに日本に帰国することになりました。
帰国後はサン・フルーツ ミッドタウン店オープンにあたって、パティスリーシェフとして働き出しました。高級なマンゴー、イチゴ、桃などを使わせてもらい、いろいろ作品を作ることができて、よい経験になりましたね。
 
その後、銀座の1つ星がつく鉄板焼きレストランでフレンチを取り入れているお店で働き、レストランデザートに目覚め、錦糸町で働いた後、高田馬場アヴァンソンでシェフパティシエとして働きました。その後は少し体調を崩したため、休みました。
 
その後、そろそろいいかな、と思い独立しました。すぐに自分のアイディアを客に届けられることが価値のあることだと思います。小さくても自分のお店で責任をもってやりたいと思ったのが、独立を決めたきっかけでした。
 
奥さんも含め、作る人が楽しくないといいお店はできません。これはフランスで学んだことですが、フランス人はメリハリがあり、誕生日にはお酒を飲みながら仕事をします。でも質は落としません。
それから客の好みがはっきりしていて、バゲットも「後ろのあのバゲットをください」と言われるんですよ。色の濃さや、フルーツの乗り具合など、お客さんが自分の好みをしっかり持っています。日本人のようにメディアに流されるなど、流行りでは変わらないところがあります。そんな文化が日本にもできれば、と思っています。客の意向を汲むことも大切ですが、オーナーも心が安らぎよい雰囲気のお店を演出できる上で、お客さんに来てほしいです。
 
曲がったことが嫌いな気質で、組織に合わせることでストレスを感じていた妻への思いやりもあり、居心地のよい空間、やらなくてはいけないことではなく、やりたいことが実現できる店にしたいです。その結果、お客様が喜んでくれて、生活が潤っていくという循環を望んでいます。
 
 
・    とてもスタイリュシュな作りの内装ですが、このお店のコンセプトは何ですか?
自分達の好きなものを集めています。お菓子に色がついているので、それを邪魔しないように、内装は黒と白に統一しました。この店の名前であるBLAITEは、「ブラック&ホワイト」という意味があり、コーヒーの黒とクリーム白のイメージを名前で表しています。
 
ケーキはふつうレアチーズケーキなど、名前をだしていますよね。でも普通のお菓子屋さんの固いイメージが苦手なんです。決まりすぎた印象があり、その暗黙の了解の世界から抜け出したかったんです。
 
・どうして色で表現しようと思ったのですか?
色で表している人が他にいないこと、また上記の古典的な日本のお菓子屋さんの概念を抜け出したかったということもあります。
形もホールをカットして、というお菓子屋さんが多いですし、絞りが入っていないとお菓子屋さんでいないという人もいます。
でもカフェのお菓子屋さんなので、ころころと愛らしく食べやすくて、値段も形も均一なものを作りたいと思いました。客にとっても、文字を書かない方が「中身は何が入っているんだろう」とあれこれ考えてもらうことにより、期待値があがり、創造が膨らみます
 
・    何を商品を通してお客さんに感じてもらいたいですか?
トップクラスの素材を使っているが、それほどお値段を気にせず、気軽に足立区の人に良いものを食べてもらいたいと思っています。フランスにはカフェ文化が根付いていますが、足立区でもカフェ文化が広がればいいな、と思いますね。
日本はテイクアウトの文化だけども、本当はお店で少し緊張感をもって、場所も料理の一部として味わってもらいたいです
例えば高級フレンチのお店に行くときはいい服をきて、姿勢よく、良い音楽を聴きながら食べますよね。でも家だとテレビがついていたりと、なかなか目の前のスイーツに集中できない環境になるので、そのだらしなさが美味しさを半減してしまうのです。その場で食べることで、もっとおいしさを伝えることが可能となります。
料理のニュアンスを入れたデザートを作りたいということもあります。その場でないと提供できない、特別な演出をしたり。ちょうど夏に向けて新作を考えているところです。
あとは地域の方が集まる、コミュニティーにしたいです。例えば、朝出勤前にここで少しコーヒー飲みながら休んでいったり、ランチを楽しみながらおしゃべりしたりと、人が集まり、ゆっくりできる場所を提供できればと思います。
 
・    お菓子作りをする上で、齋藤さんが大切にしていることは何ですか?
材料に対して、無理強いしていけないというのがモットーです。
材料の話を聴いて、その素材が一番良い状態でお客様に出されることに気を配っています。
パティシエの身勝手な都合で材料に負担をかけてしまう人もいますが、自分は許す限り季節や材料のコンディションに合わせられるようにしています。
大事に育った卵や手間暇かけて育った牛からの牛乳など、材料が無駄にならないようにしていますね
 
・    3年先の目標は何ですか?
集中して新しい商品を作れるようになりたいです。
あとは私たちが、ゆっくりできるようになりたいです。
周囲の方たちには、ここにブライトがあるんだよ、とわかってもらえばと思います。
 
・    外国人には齋藤さんのお菓子をどうとらえてほしいですか?
外国人には「日本人の作るお菓子」を見てほしいと思っています。
日本人もやっと世界で認められるようになったので、これからは全体の底上げが必要です。有名店ではなく、ふらっと入ったお店でも美味しかった、と言われるようになりたいですね。
経営のことだけではなく、そのお店、そのパティシエだからこそ創り出せる、こだわったお菓子を提出できる業界になってほしい、という思いがあります。
 
・齋藤さんが美味しいと思ったお菓子屋さんは?
衝撃的だったのは辻口さんです。
あとはエルメのお菓子で、プレジールショコラというものがあるのですが、素材の味が出ていてフランス人すごいな、と感動しました。
基本があれば応用をどんどんしていった方が発展すると思っています。
もちろん、基本も大切ですがそれを応用していくことが現代のお菓子なんです。
現代のお菓子屋さんはお菓子を売る、という場所を出しているお店がほとんどですが、もっとカフェとお菓子を両方備えている場所が増えてこればいいな、と思います。自分がまず実現できることで、若手やお菓子業界全体にこんな存在もあるんだよ、ということを知ってもらえればと思います。

http://blaite.jp/
 
 
 
2016年06月21日 06:03 |コメント|

足立市場 松本商店 

代表 松本 京一 社長

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     松本商店さんは足立市場内にある、「寿司屋が買いに来る店」と業界では言われるほど、鮮度と質にこだわりぬいた職人気質のお店です。今回は社長の松本京一さんにインタビューをいたしました。


  松本商店の沿革をおしえてください。

昭和20年代から始め、現在は3代目です。初めは日本橋に市場があり、祖父が下働きをしていました。足立区西新井にこの市場の前身が移転するという流れから土地を買い、仲買を営み現在の足立市場(千住)に市場を移しました。

 

  お店の特徴は何ですか?

「良いものを安く」が売りです

変わった品物を提供できるのも魅力です。

昔は寿司種ということで、寿司屋に卸すことが多かったのですが、居酒屋が増えそのニーズに合わせるために、いろんな品物をそろえるようにしています。細かい居酒屋さんからの注文にも対応できるようにしています。

 

仕入れで気を配っている点は、お客さんが望みそうなものを仕入れていますね。

寿司屋が来る日はイカなど。朝メールや留守電に注文が来て、それに対応することもやってます。うちは浅草の寿司屋も買いに来るんですよ。

 

  よい魚を選ぶコツを教えてください。

ギラギラ光っているものは鮮度がいい証拠です。

イワシなんかは持ったときにピンと張っていて、固いものがいい。

カツオなら中を開けてみて赤いきれいな色をしているもの。

骨付きの方が鮮度を長く保てますよ。

基本的におろしてしまうと、鮮度は落ちやすいので、食べるまでの時間を考慮して買うのがいいでしょうね。

 

  足立市場での松本商店さんはどんな役割を担っていますか?

千住にも築地に負けないような、安くて鮮度の良い魚を下町の方に提供できることだと思います。

 

  現代の日本における魚の消費のあり方について、どう受け止めていますか?

魚が高いというイメージが一般の方にはあるので、もっと消費が増えればと思っています。

こちら側から特にセールスに行ったり、大手に交渉などはしていません。

お店を営んでいる人たちが主に買ってくれている。そういった方とは古くからのお付き合いで、あとは市場を回っていてちょっといいなと思い、入ってくれる人もいます。

できればもっとお店を営んでいる人に来てほしいですね。

一般の方はさばき方がわからない、という方もいるのでなるべく手が空いているときには3枚卸などサービスもやってます。高くて高級というイメージではなく、もっと食べてほしいですね。

 

  外国人に松本商店を、そして足立市場を見てもらったとき、どんなことが伝わったらいいでしょうか?

外国の方は魚の種類というよりは、貝類に興味があるかもしれません。小売もできるし、魚をおろして購入できることを伝えたいです。

 

  今の時期ならではの魚とお勧めの食べ方を教えてください。

鮮度の良いものならぜひお刺身で。

 

  今後さらに発展されていく過程で、どんな取り組みをしたいですか?

今度築地が移転するにあたり売り場を低温化するので、足立市場でも同じように品質を落とさないようにすることを検討しています。例えば一定の10度くらいにして、夏でも品質を落とさないようにするなど。

さらには、一般の人たちをもっと呼び込む施設を作ることも考えています。

あとはインターネットを仲買の人達と運営することも検討しています。

 

 

ひっきりなしに常連客を接待されている様子を目の前に、市場の活気を肌で感じることができました。一般のお客さんにも、とても親切にお魚のことを教えてくださります。

ぜひ足立市場の松本商店さんに、みなさん足を運んでみてくださいね。

 

http://www.adachi-shijyo.or.jp/

 

 
2016年06月14日 06:02 |コメント|

日本から世界へ発信 英語でPRします!!

いつかは海外へ情報発信してみたいんだけど、まずは市場の反応を見てみたいという方にお勧めです。コーチがインタビューし、それを英訳して英語HPに載せます。もちろん貴社のHPでの転用もOKです。お手軽に海外へPRしてみたい方、ぜひお問合せください。
2016年06月13日 06:16 |コメント|

酒匠地酒のかねしん 
長尾政利 社長

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・かねしんさんは、何をしている会社ですか?

新潟のお酒を扱う専門店です。自分が気にいった酒に目をつけて、自ら酒蔵を訪れて社長と交渉し、自分のことを気に入ってくれたら売ってくれます。
日本酒が注目されているので、蔵元が酒屋を選んでいる時代に入ってきています。この店は自分の酒を売るのにふさわしい店なのかということを判断されます。「この酒屋なら売ってくれるだろう」以上に「どのように顧客へ自分の酒および蔵・地域のことを伝えてくれるのか」ということを期待されます。おいしいもの、祭りがあるなど複合的な伝え方を蔵が望んでいます。地域の文化を売る傾向が強くなっている。だから蔵元が地域内での活動も結構しているのです。

 

・そういった期待の元、長尾さんはお客さんに対して何を工夫して伝えていますか?

蔵元の思いを伝えるようにしています。ただおいしいだけでは伝わらないですね。例えば水、新潟の酒米 備前岡山の米が適切というこだわりを持っている酒蔵もあるんです。同じ米でも酒として出来上がったとき、備前岡山の米が適切というこだわりを持っている酒蔵もあるんです。その地域に合った米でないとこの酒の味は出せない、というこだわりですね。

 

・長尾さんはどんな経緯があり、酒屋さんを営んでいるのですか?

実は僕3代目なんですよ。祖父、父、長男の自分という流れで引き継いできました。

子供のころから父の店を継ぐものだ、という決意がありましたね。

新潟だけで商売をやっていたのが父の時代で、自分の時代から外に目を向けていくという機会が訪れ、それから年に2,3回ずつ東京へ出店しはじめました。それからいろんなところからお誘いをいただき、今では年12回東京へ来ています。

 

・お客さんからどんな反応がありますか?

アルコール度数が強いものに比べて、新潟の酒は体に優しいとういう印象が強いようです。今の時代、皆さんがFacebookにアップする写真を拝見すると、ハードな酒が多くなっているけれども、長く飲み続けることができるのが新潟の酒の特徴で、アルコール度数15%のものをゆっくり時間かけて飲んでいくんです。たかが1%でもかなり違うので体へのダメージが違いますよ。もし度数が強いハードなものを飲む際は、「やわらぎ水」を用意し、日本酒飲んだら水を挟むということをすると体への影響が抑えられます。

 

・日本酒ならではの役割ありますか?

これは料理人の方から教わったのですが、ワインは料理と料理を断ち切る役目。

日本酒は料理と料理をつなぐ役目Aの余韻をBに残し、またBの余韻をCに残すという役割が日本酒で実現できるのです。

 

・海外の人におすすめの日本酒の飲み方ありますか?

常温で飲むと一番味がわかるので、まずは常温で飲むことをお勧めします。

日本酒は5℃ごとに呼び名が変わり、幅広い温度で楽しみ方があります。

世界にもこれだけ変化のとんだ飲み方ができるのは日本酒くらいですね。

日本の四季に合わせて昔の人は楽しみ方を温度で変えていたのです。

発酵文化の代表が日本酒であり、文化として残っていることは誇らしいことです。

 

・今後はどんな新たな展開をされていくのでしょうか?

地元で酒屋をやりつつ、機会がある限り東京に出向き、いろんな人に出会いにきたいです。

商品だけのつながりはそれだけで終わってしまいますが、人と人とのつながりという縁は消費者にとって以外と大切になるようです。ある意味、商品はツールですね。

この銘柄を「かねしんから買った」というよりは「長尾から買った」と言われるようになりたいです。

こうして東京で出店していると、自分にわざわざ会いに来てくれる人がいて、本当にうれしいですね。「どんな人なんだろうか。」と思ってきてくれれば、と思います。ニコニコ笑っていて楽しそうな人、と思われたいですね。

そしてよい距離感を大切にしたいと思います。

 

今日は暑い中、接客をしながらインタビューにお答えくださり、ありがとうございました。

ぜひ新潟のお酒が世界中の人に届くよう、これからも頑張ってくださいね。

 

酒匠地酒のかねしん http://www.bisyu-meisyu.com/

2016年06月09日 08:14 |コメント|

子育てカフェeatoco

代表 阿部直子さん

 

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子育てカフェeatocoは、これまで「おやこ食堂」の運営、現在は無農薬のお野菜や焼き菓子を販売するマルシェを開催し、「地域のコミュニティと子育ての場をつなぐ」というコンセプトを理解のため活動しています。現在は新たなカフェオープンを目指し、店舗を探しています。今日は代表である阿部直子さんにお話しを伺いました。

 

 

・元々、どんなことをお仕事にされていたのですか?

編集の仕事を3年半していました。不動産の会報誌を担当していたのですが、堅苦しさを感じて、自分には向いていないなあと思っていました。

その後、ある編集社の下請けをしていた時顔の見えない、誰に読んでもらっているのかわからない本を作るより、「もっと地域の人を目の前に仕事をしたい」と思ったんです。

 

・何が原点になり、「子育てカフェ」を運営しようと思ったのですか?

出産してから、ちょっと息抜きに行こうと思うと、だいたい同じ月齢のお子さんを持つママ友のお家になるんです。

でもそんな時、ママ友のお家だと一々「今、いっていい?」と聞かなくてはいけないですよね。もっと気兼ねなくママたちがゆっくりできる広場が欲しい、ということが原点になっています。

 

・どんなことを大切にしてこれまで運営されてきたのでしょうか?

突拍子ないアイディアだと、普通だったらやりたいと思っていてもやれず後悔して終わりですよね。それを周囲のママ友に伝えて続けたんです。すると自然にそれに共感して役割を担っている人が集まってきたの。それから自然に手を差し伸べてくれる人が集まりました。

 

40代になり「相手に嫌われたくない」という思いが消えましたね。

周りにどう思われたいか、より自分がどう生きたいか?」

そういう風にみんなが思えたら、自由に生きられるのにな、と思っています。

 

・「子育てカフェ」を通して実現したいことはどんなことですか?

近隣の方や、子育てで疲れたママたちがゆっくりできる場所を作りたいです。

そのために近所のおばあちゃんが少しアシストして見てくれる立場を作り、世代を超えた付き合いができる場所になればいいな、と思います。日本の現代は核家族が増えてしまったので、高齢者との関わりが少なくなっています。おじいちゃん・おばあちゃんたちがカフェでそういった立場に置かれることで、「まだまだ人の役に立てるんだ」という役割意識を持つことができたらいいですね。

 

・世代を超えた関わりを作ることで、子どもにどんな影響があると思いますか?

近所の人や高齢者など様々な立場の人と関わることで、相手を思いやる心、気づかい、ママ以外の人と会話をする機会が生まれます。

世界はいろんな人で成り立っている、ということを身近に感じてほしいですね。

昨年4回開催した「おやこ食堂」では、こういった願いの8割は達成できました。

興味本位で来てくれた人、世代が違う人たち、子どもの遊びに付き合うために来てくれた人もいました。スタッフの赤ちゃんが少し泣いた時、来てくれた人が対応するということから自然な形でコミュニティが成立しました

現在は場所がもう少し近いところ(西新井)で実現できるところを探しています。

 

・新店舗はどんなイメージを描いていますか?

お母さんを癒してあげる空間にしたいです。子供用のインテリアというよりは、足立区にいながらもちょっとおしゃれな空間を作りたいですね。使い古した感じの色のフローリングに、高齢者が腰かけられる縁側がある。おやこカフェのイメージというと、パステルカラーや丸い家具という感じになりがちですが、もっと大人がくつろげる場所を目指しています。

提供する食べ物は無添加で体に良いものを提供したいです。基本的には手作り、肉はホルモン剤を注入していない、遺伝子組み換えの餌を食べさせていない肉にこだわりたいです。

 

・どうして厳選された食材にこだわるようになったのですか?

子供が産まれてからこだわるようになり、味覚を育てるという意味で出汁をしっかりとるようになりました。子供が産まれた時が転換期ですね。

 

・これからどんなことに取り組んでいこうと思いますか?

早く店舗を作りあげ、ママたちのよりどころを完成させたいです。

 

・周囲からどんなサポートがほしいですか?

物件を持っている人とつながれたらうれしいです。

 

地域と子育てをつなぐ新たな場所が西新井に登場する日を楽しみにしています。

ありがとうございました。

eatoco
http://www.eatoco.com/

2016年06月06日 14:13 |コメント|

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